。』と丑松は飯櫃《めしびつ》を引取つて、気《いき》の出るやつを盛り始めた。
『どうも済《す》みません。各自《めい/\》勝手にやることにしようぢや有ませんか。まあ、斯《か》うして膳に向つて見ると、あの師範校の食堂を思出さずには居られないねえ。』
 と笑つて、蓮太郎は話し/\食つた。丑松も骨離《ほねばなれ》の好い鮠《はや》の肉を取つて、香ばしく焼けた味噌の香を嗅ぎ乍ら話した。
『あゝ。』と蓮太郎は箸持つ手を膝の上に載せて、『どうも当世紳士の豪《えら》いには驚いて了《しま》ふ――金といふものゝ為なら、奈何《どん》なことでも忍ぶのだから。瀬川君、まあ、聞いて呉れたまへ。彼の通り高柳が体裁を飾つて居ても、実は非常に内輪の苦しいといふことは、僕も聞いて居た。借財に借財を重ね、高利貸には責められる、世間への不義理は嵩《かさ》む、到底今年選挙を争ふ見込なぞは立つまいといふことは、聞いて居た。しかし君、いくら窮境に陥つたからと言つて、金を目的《めあて》に結婚する気に成るなんて――あんまり根性が見え透《す》いて浅猿《あさま》しいぢやないか。あるひは、彼男に言はせたら、六左衛門だつて立派な公民だ、其娘を貰ふ
前へ 次へ
全486ページ中193ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング