》ませない。『あゝ、伝染《うつ》りはすまいか。』どうかすると其様《そん》なことを考へて、先輩の病気を恐しく思ふことも有る。幾度か丑松は自分で自分を嘲《あざけ》つた。
千曲川《ちくまがは》沿岸の民情、風俗、武士道と仏教とがところ/″\に遺した中世の古蹟、信越線の鉄道に伴ふ山上の都会の盛衰、昔の北国街道の栄花《えいぐわ》、今の死駅の零落――およそ信濃路のさま/″\、それらのことは今二人の談話《はなし》に上つた。眼前《めのまへ》には蓼科《たてしな》、八つが嶽、保福寺《ほふくじ》、又は御射山《みさやま》、和田、大門などの山々が連つて、其山腹に横はる大傾斜の眺望は西東《にしひがし》に展《ひら》けて居た。青白く光る谷底に、遠く流れて行くは千曲川の水。丑松は少年の時代から感化を享《う》けた自然のこと、土地の案内にも委《くは》しいところからして、一々指差して語り聞かせる。蓮太郎は其話に耳を傾けて、熱心に眺め入つた。対岸に見える八重原の高原、そこに人家の煙の立ち登る光景《さま》は、殊に蓮太郎の注意を引いたやうであつた。丑松は又、谷底の平地に日のあたつたところを指差して見せて、水に添ふて散布するは、依田
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