を通す。読めば読む程丑松はこの先輩に手を引かれて、新しい世界の方へ連れて行かれるやうな気がした。穢多としての悲しい自覚はいつの間にか其頭を擡《もちあ》げたのである。
 今度の新著述は、『我は穢多なり』といふ文句で始めてあつた。其中には同族の無智と零落とが活きた画のやうに描いてあつた。其中には多くの正直な男女《をとこをんな》が、たゞ穢多の生れといふばかりで、社会から捨てられて行く光景《ありさま》も写してあつた。其中には又、著者の煩悶の歴史、歓《うれ》し哀《かな》しい過去の追想《おもひで》、精神の自由を求めて、しかも其が得られないで、不調和な社会の為に苦《くるし》みぬいた懐疑《うたがひ》の昔語《むかしがたり》から、朝空を望むやうな新しい生涯に入る迄――熱心な男性《をとこ》の嗚咽《すゝりなき》が声を聞くやうに書きあらはしてあつた。
 新しい生涯――それが蓮太郎には偶然な身のつまづきから開けたのである。生れは信州高遠の人。古い穢多の宗族《いへがら》といふことは、丁度長野の師範校に心理学の講師として来て居た頃――丑松がまだ入学しない以前《まへ》――同じ南信の地方から出て来た二三の生徒の口から泄《
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