豊野と言つて汽車に乗るべきところへ着いたは、午後の二時頃。車で駈付けた高柳も、同じ列車を待合せて居たと見え、発車時間の近いた頃に休茶屋からやつて来た。『何処《どこ》へ行くのだらう、彼《あの》男は。』斯う思ひ乍ら、丑松は其となく高柳の様子を窺《うかゞ》ふやうにして見ると、先方《さき》も同じやうに丑松を注意して見るらしい。それに、不思議なことには、何となく丑松を避けるといふ風で、成るべく顔を合すまいと勉めて居た。唯互ひに顔を知つて居るといふ丈、つひぞ名乗合つたことが有るではなし、二人は言葉を交さうともしなかつた。
軈て発車を報せる鈴の音が鳴つた。乗客はいづれも埒《らち》の中へと急いだ。盛《さかん》な黒烟《くろけぶり》を揚げて直江津の方角から上つて来た列車は豊野|停車場《ステーション》の前で停つた。高柳は逸早《いちはや》く群集《ひとごみ》の中を擦抜《すりぬ》けて、一室の扉《と》を開けて入る。丑松はまた機関車|近邇《より》の一室を択《えら》んで乗つた。思はず其処に腰掛けて居た一人の紳士と顔を見合せた時は、あまりの奇遇に胸を打たれたのである。
『やあ――猪子先生。』
と丑松は帽子を脱いで
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