《くるま》が丑松に追付いた。見れば天長節の朝、式場で演説した高柳利三郎。代議士の候補者に立つものは、そろ/\政見を発表する為に忙しくなる時節。いづれ是人も、選挙の準備《したく》として、地方廻りに出掛けるのであらう。と見る丑松の側《わき》を、高柳は意気揚々として、すこし人を尻目にかけて、挨拶も為《せ》ずに通過ぎた。二三町離れて、車の上の人は急に何か思付いたやうに、是方《こちら》を振返つて見たが、別に丑松の方では気にも留めなかつた。
 日は次第に高くなつた。水内《みのち》の平野は丑松の眼前《めのまへ》に展けた。それは広濶《ひろ/″\》とした千曲川の流域で、川上から押流す泥砂の一面に盛上つたところを見ても、氾濫《はんらん》の凄《すさま》じさが思ひやられる。見渡す限り田畠は遠く連ねて、欅《けやき》の杜《もり》もところ/″\。今は野も山も濃く青い十一月の空気を呼吸するやうで、うら枯れた中にも活々《いき/\》とした自然の風趣《おもむき》を克《よ》く表して居る。早く斯《こ》の川の上流へ――小県《ちひさがた》の谷へ――根津の村へ、斯う考へて、光の海を望むやうな可懐《なつか》しい故郷の空をさして急いだ。
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