みだぶ。』
 と斯《こ》の有髪《うはつ》の尼《あま》は独語《ひとりごと》のやうに唱へて居た。
 丑松は二階へ上つて大急ぎで旅の仕度をした。場合が場合、土産も買はず、荷物も持たず、成るべく身軽な装《なり》をして、叔母の手織の綿入を行李《かうり》の底から出して着た。丁度そこへ足を投出して、脚絆《きやはん》を着けて居るところへ、下女の袈裟治に膳を運ばせて、つゞいて入つて来たのはお志保である。いつも飯櫃《めしびつ》は出し放し、三度が三度手盛りでやるに引きかへ、斯うして人に給仕して貰ふといふは、嬉敷《うれしく》もあり、窮屈でもあり、無造作に膳を引寄せて、丑松はお志保につけて貰つて食つた。其日はお志保もすこし打解けて居た。いつものやうに丑松を恐れる様子も見えなかつた。敬之進の境涯を深く憐むといふ丑松の真実が知れてから、自然と思惑《おもはく》を憚《はゞか》る心も薄らいで、斯うして給仕して居る間にも種々《いろ/\》なことを尋ねた。お志保はまた丑松の母のことを尋ねた。
『母ですか。』と丑松は淡泊《さつぱり》とした男らしい調子で、『亡くなつたのは丁度私が八歳《やつつ》の時でしたよ。八歳といへば未だほんの小
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