めて壮健な方で、激烈《はげ》しい気候に遭遇《であ》つても風邪一つ引かず、巌畳《がんでふ》な体躯《からだ》は反《かへ》つて壮夫《わかもの》を凌《しの》ぐ程の隠居であつた。牧夫の生涯《しやうがい》といへばいかにも面白さうに聞えるが、其実普通の人に堪へられる職業では無いのであつて、就中《わけても》西乃入の牧場の牛飼などと来ては、『彼《あ》の隠居だから勤まる』と人にも言はれる程。牛の性質を克《よ》く暗記して居るといふ丈では、所詮《しよせん》あの烏帽子《ゑぼし》ヶ|嶽《だけ》の深い谿谷《たにあひ》に長く住むことは出来ない。気候には堪へられても、寂寥《さびしさ》には堪へられない。温暖《あたゝか》い日の下に産れて忍耐の力に乏しい南国の人なぞは、到底|斯《か》ういふ山の上の牧夫に適しないのである。そこはそれ、北部の信州人、殊に丑松の父は素朴な、勤勉な、剛健な気象で、労苦を労苦とも思はない上に、別に人の知らない隠遁の理由をも持つて居た。思慮の深い父は丑松に一生の戒を教へたばかりで無く、自分も亦た成るべく人目につかないやうに、と斯う用心して、子の出世を祈るより外にもう希望《のぞみ》もなければ慰藉《なぐさめ
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