》もないのであつた。丑松のため――其を思ふ親の情からして、人里遠い山の奥に浮世を離れ、朝夕炭焼の煙りを眺め、牛の群を相手に寂しい月日を送つて来たので。月々丑松から送る金の中から好《すき》な地酒を買ふといふことが、何よりの斯《この》牧夫のたのしみ。労苦も寂寥《さびしさ》も其の為に忘れると言つて居た。斯ういふ阿爺《おやぢ》が――まあ、鋼鉄のやうに強いとも言ひたい阿爺が、病気の前触《まへぶれ》も無くて、突然死去したと言つてよこしたとは。
 電報は簡短で亡くなつた事情も解らなかつた。それに、父が牧場の番小屋に上るのは、春雪の溶け初める頃で、また谷々が白く降り埋《うづ》められる頃になると、根津村の家へ下りて来る毎年《まいとし》の習慣である。もうそろ/\冬籠りの時節。考へて見れば、亡くなつた場処は、西乃入か、根津か、其すら斯電報では解らない。
 しかし、其時になつて、丑松は昨夜《ゆうべ》の出来事を思出した。あの父の呼声を思出した。あの呼声が次第に遠く細くなつて、別離《わかれ》を告げるやうに聞えたことを思出した。
 斯の電報を銀之助に見せた時は、流石《さすが》の友達も意外なといふ感想《かんじ》に打た
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