し顔色を変へて、言ふに言はれぬ恐怖《おそれ》を表したのである。戯れて居るので無いといふことは、其真面目な眼付を見ても知れた。
『や――復た呼ぶ声がする。何だか斯う窓の外の方で。』と丑松は耳を澄まして、『しかし、あまり不思議だ。一寸、僕は失敬するよ――もう一度行つて見て来るから。』
 ぷいと丑松は駈出して行つた。
 さあ、銀之助は友達のことが案じられる。敬之進はもう心に驚いて了《しま》つて、何かの前兆《しらせ》では有るまいか――第一、父親の呼ぶといふのが不思議だ、と斯う考へつゞけたのである。
『それはさうと、』と敬之進は思付いたやうに、『斯うして吾儕《われ/\》ばかり火鉢にあたつて居るのも気懸《きがゝ》りだ。奈何《どう》でせう、二人で行つて見てやつては。』
『むゝ、左様《さう》しませうか。』と銀之助も火鉢を離れて立上つた。『瀬川君はすこし奈何《どう》かしてるんでせうよ。まあ、僕に言はせると、何か神経の作用なんですねえ――兎《と》に角《かく》、それでは一寸待つて下さい。僕が今、手提洋燈《てさげランプ》を点《つ》けますから。』

       (二)

 深い思に沈み乍ら、丑松は声のする方へ
前へ 次へ
全486ページ中115ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング