は居られなく成つて来た。
『実はねえ――まあ、不思議なことがあるんだ。』
『不思議なとは?』と銀之助も眉をひそめる。
『斯ういふ訳さ――僕が手提洋燈《てさげランプ》を持つて、校舎の外を一廻りして、あの運動場の木馬のところまで行くと、誰か斯う僕を呼ぶやうな声がした。見れば君、誰も居ないぢやないか。はてな、聞いたやうな声だと思つて、考へて見ると、其筈《そのはず》さ――僕の阿爺《おやぢ》の声なんだもの。』
『へえ、妙なことが有れば有るものだ。』と敬之進も不審《いぶか》しさうに、『それで、何ですか、奈何《どん》な風に君を呼びましたか、其声は。』
『「丑松、丑松」とつゞけざまに。』
『フウ、君の名前を?』と敬之進はもう目を円《まる》くして了《しま》つた。
『はゝゝゝゝ。』と銀之助は笑出して、『馬鹿なことを言ひたまへ。瀬川君も余程《よツぽど》奈何《どう》かして居るんだ。』
『いや、確かに呼んだ。』と丑松は熱心に。
『其様《そん》な事があつて堪るものか。何かまた間違へでも為たんだらう。』
『土屋君、君は左様《さう》笑ふけれど、確かに僕の名を呼んだに相違ないよ。風が呻吟《うな》つたでも無ければ、鳥が啼
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