打球板《ラッケット》を奪ひ取らうとした少年なぞは、手を拍《う》つて、雀躍《こをどり》して、喜んだ。思はず校長も声を揚げて、文平の勝利を祝ふといふ風であつた。
『瀬川君、零敗《ゼロまけ》とはあんまりぢやないか。』
 といふ銀之助の言葉を聞捨てゝ、丑松はそこに置いた羽織を取上げながら、すご/\と退いた。やがて斯《こ》の運動場《うんどうば》から裏庭の方へ廻つて、誰も見て居ないところへ来ると、不図何か思出したやうに立留つた。さあ、丑松は自分で自分を責めずに居られなかつたのである。蓮太郎――大日向――それから仙太、斯う聯想した時は、猜疑《うたがひ》と恐怖《おそれ》とで戦慄《ふる》へるやうになつた。噫《あゝ》、意地の悪い智慧《ちゑ》はいつでも後から出て来る。


   第六章

       (一)

 天長節の夜は宿直の当番であつたので、丑松銀之助の二人は学校に残つた。敬之進は急に心細く、名残惜しくなつて、いつまでも此処を去り兼ねる様子。夕飯の後、まだ宿直室に話しこんで、例の愚痴の多い性質から、生先《おひさき》長い二人に笑はれて居るうちに、壁の上の時計は八時打ち、九時打つた。それは翌朝《よくあさ
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