人々は意味もなく笑つた。見物して居る女教師も微笑《ほゝゑ》んだ。文平|贔顧《びいき》の校長は、丑松の組に勝たせたくないと思ふかして、熱心になつて窓から眺《なが》めて居た。丁度午後の日を背後《うしろ》にしたので、位置の利は始めから文平の組の方にあつた。
『壱《ワン》、零《ゼロ》。』
 と呼ぶのは、網の傍に立つ審判官の銀之助である。丑松仙太は先づ第一の敗を取つた。見物して居る生徒は、いづれも冷笑を口唇《くちびる》にあらはして、仙太の敗を喜ぶやうに見えた。
『弐《ツウ》、零《ゼロ》。』
 と銀之助は高く呼んだ。丑松の組は第二の敗を取つたのである。『弐《ツウ》、零《ゼロ》。』と見物の生徒は聞えよがしに繰返した。
 敵方といふのは、年若な準教員――それ、丑松が蓮華寺へ明間《あきま》を捜しに行つた時、帰路《かへり》に遭遇《であ》つた彼男と、それから文平と、斯う二人の組で、丑松に取つては侮《あなど》り難い相手であつた。それに、敵方の力は揃つて居るに引替へ、味方の仙太はまだ一向に練習が足りない。
『参《スリイ》、零《ゼロ》。』
 と呼ぶ声を聞いた時は、丑松もすこし気を苛《いら》つた。人種と人種の競争―
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