を相手にして、一戦を試みるところ。流石《さすが》の庭球狂《テニスきちがひ》もさん/″\に敗北して、軈《やが》て仲間の生徒と一緒に、打球板《ラッケット》を捨てゝ退いた。敵方の揚げる『勝負有《ゲエム》』の声は、拍手の音に交つて、屋外《そと》の空気に響いておもしろさうに聞える。東よりの教室の窓から顔を出した二三の女教師も、一緒になつて手を叩《たゝ》いて居た。其時、幾組かに別れて見物した生徒の群は互ひに先を争つたが、中に一人、素早く打球板《ラッケット》を拾つた少年があつた。新平民の仙太と見て、他の生徒が其側へ馳寄《かけよ》つて、無理無体に手に持つ打球板《ラッケット》を奪ひ取らうとする。仙太は堅く握つた儘《まゝ》、そんな無法なことがあるものかといふ顔付。それはよかつたが、何時まで待つて居ても組のものが出て来ない。『さあ、誰か出ないか』と敵方は怒つて催促する。少年の群は互ひに顔を見合せて、困つて立つて居る仙太を冷笑して喜んだ。誰も斯《こ》の穢多の子と一緒に庭球の遊戯《あそび》を為ようといふものは無かつたのである。
 急に、羽織を脱ぎ捨てゝ、そこにある打球板《ラッケット》を拾つたは丑松だ。それと見た
前へ 次へ
全486ページ中108ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング