し乍ら、一|挺《ちやう》の籠が舁がれて出るところであつた。あゝ、大尽が忍んで出るのであらう、と丑松は憐んで、黙然《もくねん》として其処に突立つて見て居るうちに、いよ/\其とは附添の男で知れた。同じ宿に居たとは言ひ乍ら、つひぞ丑松は大日向を見かけたことが無い。唯附添の男ばかりは、よく薬の罎《びん》なぞを提げて、出たり入つたりするところを見かけたのである。その雲を突くやうな大男が、今、尻端折りで、主人を保護したり、人足を指図したりする甲斐々々しさ。穢多の中でも卑賤《いや》しい身分のものと見え、其処に立つて居る丑松を同じ種族《やから》とは夢にも知らないで、妙に人を憚《はゞか》るやうな様子して、一寸|会釈《ゑしやく》し乍ら側を通りぬけた。門口に主婦《かみさん》、『御機嫌よう』の声も聞える。見れば下宿の内は何となく騒々しい。人々は激昂したり、憤慨したりして、いづれも聞えよがしに罵つて居る。
『難有《ありがた》うぞんじます――そんなら御気をつけなすつて。』
とまた主婦は籠の側へ駈寄つて言つた。籠の内の人は何とも答へなかつた。丑松は黙つて立つた。見る/\舁《かつ》がれて出たのである。
『ざまあ見や
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