と思っていた」と言ってお牧はお新の方を見て、「男の人というものは、割合に変らないものネ」
「でも、お前、こんなに禿げちゃった」
 こういう山本さんの長く支那の方に居た様子を、お新も眺めて、
「兄さんの禿は往時《むかし》からですよ」
 彼女は若い快活な婦人が笑うように、笑った。
 相変らずお新は山本さんのことを「兄さん」と言うし、お牧のことを「姉さん」と言っている。彼女は嫁《かたづ》いた先の家で、種々《いろいろ》な客にも接するらしい様子で、いやに出娑婆《でしゃば》るでもなく、と言って物にハニカムような風もなく、女らしいうちにもサッパリとした、何処かこう人の気を浮々とさせるようなところが有った。莫迦《ばか》に涙|脆《もろ》かった娘時代の「お新ちゃん」に比べると、別の人に対《むか》い合っているようなこの旧馴染《むかしなじみ》と、それから鼻の故《せい》かして、いくらか頭の重そうな眼付をしている妹とを前に置いて、山本さんは自分が長く居て来た南清地方のことで女に解りそうな奇異な風俗、暮し好い南京の生活の話なぞをして聞かせた。
 二人の女は耳を傾けていた。
「私もネ、貴方《あなた》がたに逢いたいばか
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