りに今度は帰って来たんです……彼地《むこう》から見ると、何故こう日本の人はコセコセコセコセしてるんだろう、そう思いますよ……私もそう長くは是方《こっち》に居られない人です……いずれ復《ま》た彼地へ帰ります……こんなにして、東京で貴方がたに逢えるとは思わなかった……」
 過去ったことは過去ったことで、何のわだかまりも無いようなお新の様子を見ると、先ずそれに山本さんは感心した。
「お新ちゃんは、娘時代のことなぞは最早《もう》記憶していないんだろう」とさえ思った。
 お牧とお新は火鉢の側で、旅らしく巻煙草なぞを燻《ふか》し燻し話した。白い繊細《きゃしゃ》な薬指のところに指輪を嵌《は》めた手で、巻煙草を燻すお新の手付を眺めると、女の巻煙草は生意気に見えていけない、そうは山本さんは思わなかった。反《かえ》ってお新のは意気に見えた。
 何を為ても悪く思えないような女が世の中には有る。山本さんに言わせると、丁度お新はそういう女の一人だ。
 山本さんは女達の為に、隣座敷を用意して置いた。それから一日二日の間、山本さんの部屋でも、隣座敷の方でも、女らしい笑声が絶えなかった。
 鼻の具合の悪いお牧が手術を
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