か》って身を悶《もだ》えながら帰って行く山本さんに対《むか》って、「船旅も御無事で」と告別《わかれ》の挨拶でもするかのように……
戻りには何処へも寄らなかった。唯、汽船が荷積の為に港々へ寄って行くのを待つばかりで。
一日乗ると船にも飽きた。飲食《のみくい》するより外に快楽《たのしみ》の無いような船員等は、行く先々で上陸する客を羨《うらや》んだ。港の岸に見知った顔でもあると、彼等は艀《はしけ》から声を掛けて、それから復た本船の方へ漕《こ》ぎ戻った。船は嫌いで無い方の山本さんにも、次第に単調な蒸気の音が耳につくように成った。乗客はいずれも船室の内に横に成って、寝られないまでも寝て行こうとした。お新もすこし疲れたらしく、白足袋|穿《は》いた足なぞを投出し、顔へは薄い絹《きぬ》※[#「※」は底本では「はばへん+白」、182−17]子《ハンケチ》をかけていた。
こんな風にして国府津へ近づいた。船旅を終る頃には、お新は熱海や伊東の話を持って、東京に居るお牧の方へ早く帰りたいという様子をした。
汽船は国府津へ着いた。乗客は争って艀に乗移った。山本さんも、お新も、陸を指《さ》して急いだ。
新
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