から、肩の辺へかけて、女らしい身体の輪廓《りんかく》を見せた。横から見た前髪の形も好かった。彼女の側には、女同志身体を持たせ掛けて、船旅に疲れたらしい眼付をしているものもあった。日をうけながら是方《こちら》を見ている夫婦者もあった。
 そのうちにお新は山本さんの腰掛けた方を振向いて、微笑《ほほえ》んで見せた。「実に好い天気ですね」とか、「伊豆の海は好う御座んすね」とかの意味を通わせた。何を見るともなく、彼女は若々しい眼付をした。こうして親切にしてくれる、南清《なんしん》の方までも行った経験の多い、年長《としうえ》な人と一緒に旅することを心から楽しそうにしていた。復た彼女は山本さんの傍に腰掛けて海を眺めた。
 このお新の心やすだては、伊東へ着いて艀から陸へ上った時も変らなかった。伊勢|詣《まいり》の道連のように山本さんを頼りにして、温泉宿のある方へ軽く笑いながら随いて行った。
 宿の二階へ上って見ると、二人はいくらか遠く来たことを感じた。
「奥さん、御|浴衣《ゆかた》は此方《こちら》に御座います」
 という女中の言葉を、お新はさ程気にも掛けないという風で、その浴衣に着更《きか》えた後、独
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