に着いた。汽車に乗込もうとする客だの、見送りに来た人達だのが、高い天井の下を彼方此方《あちこち》と歩いていた。山本さんもその間を歩き廻って、お新の来るのを待受けていた。次第に不安が増して来た。果して彼女は来るだろうか。お牧を離れて彼と二人ぎりの旅、それを心易く考えるだろうか。山本さんは安心しなかった。
そのうちに、幌《ほろ》を掛けてやって来た車が停車場前の石段の下で停った。彼女だ。
いかに気質を異にし、いかに心の持ち方を異にした人達で、この世は満たされているだろう。東京から稲毛《いなげ》あたりの海岸へ遊びに出掛けるのに、非常にオックウに考えている人すらある。そうかと思えば、東北の果から遠く朝鮮の方まで旅を続けて、内地の温泉めぐり位は物の数とも思わないような家族もある。山本さんの心配は、お新の快活な、心《しん》から出るような笑で破れた。彼女は例の薄い鼠色のコオトに、同じような色の洋傘《こうもり》を持って、待合室から改札口の方へ山本さんと一緒に歩いた。
「兄さん、シツコクしちゃ嫌《いや》ですよ――そのかわり、何処へでも御供しますから――」
と彼女の眼が言うように見えた。
どこまで
前へ
次へ
全28ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング