もお新は活々としている。細長いプラットフォムを歩いて行くにしても、それから国府津《こうず》行の二等室の内へ自分等の席を取るにしても、どこかこう軽々とした、わざとらしくなく敏捷《びんしょう》なところが有った。
 彼女はこれまで、旅行好な舅《しゅうと》や夫に随《つ》いて、大抵|他《ひと》の遊びに行くような場所へは行っていた。内地にある温泉地、海水浴場のさまなぞも、多く暗記《そらん》じていた。国府津小田原あたりは、めずらしくも無かった。好い連さえあれば、すこし遠く行く位は何でもなく思っている。
 旅するものに取ってはこの上もない好い日和《ひより》だった。汽車が国府津の方へ進むにつれて、温暖《あたたか》い、心地《こころもち》の好い日光が室内に溢《あふ》れた。
 山本さんは彼女と反対の側に腰掛けて行った。時々彼は何か捜すように、彼女の前髪だの、薄い藤色の手套《てぶくろ》を脱《と》った手だのを眺めて、どうかするとその眼でキッと彼女を見ることもある。しかし、そこには楽しい日光があるだけのことだった……その日光に、形の好い前髪や、白い、あらわな、女らしい手が映って見えるというだけのことだった……
 何
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