、自分のすぐ隣に居る人から始めるより外に仕方がないと思ったんです。そこで私はどうかして節ちゃんを生かしたいとも考えるように成りましたし、子供も自分で育てて見る気に成ったんです」
「どうも、貴様のは随分曲りくねって来ているんだなあ……」
民助は笑い出した。やがて何か言い出そうとして、やや躊躇《ちゅうちょ》した後で、
「そこでだ――俺は今度、節ちゃんを台湾へ連れて行くつもりだ――どうだ、そっちの意見は」
この兄の言葉こそ岸本の待受けていたものであった。
「あ、そうですか、連れてって下さいますか。是非それは私からもお願いしたいと思っていたんです」と岸本は力を入れて答えた。
民助は眼を円《まる》くして弟の方を見た。遠い所へ節子を連れて行ってしまおうという自分の発議にどうして弟が嫌《いや》な顔もしないのか、とそれを意外に思うらしかった。
「や。そいつは難有《ありがた》い」と民助が言った。「貴様まで賛成してくれれば俺も安心だ。これでまあ今度出て来た俺の役目も果せるというものだ。世の中のことは淡泊にかぎるよ。俺はその主義サ。何事でも淡泊でなけりゃ不可《いけない》。あまりこだわり過ぎては不可。まあ何だわい、あれで節ちゃんも台湾へでも行ってだナ、すこし経《た》って見たら、馬鹿々々しいことをしたと自分でもそう思うかも知れない」
「いや、それはすこし違います。あの人の心持が沈着《おちつ》いては来ましょうが、馬鹿々々しいことをしたとは考えまいと思います」
「まあ何でも可いや。心持が沈着きさえすれば、それで可い――」
秋らしい夜は何時《いつ》の間にか更《ふ》けて行った。「このくらいにして置いて、もう寝よう」という兄のために、岸本は女中の置いて行った夜具を延べたり、自分の床をその側に敷いたりして、兄弟|枕《まくら》を並べて寝た。少年時代の岸本が東京へ遊学するために一緒に徒歩で郷里の山々を越したのも、この兄だ。青年時代の彼がまた飄泊《ひょうはく》の旅から引返して来て、一旦《いったん》家出をした恩人の田辺の許へきまりの悪い坊主頭で一緒に詫《わび》を入れに行ったのも、この兄だ。種々様々なことが寝床に入ってからも岸本の胸に満ちて来た。節子はどうなる――そこへ考えが落ちて行くと、彼は兄の言った言葉を思って見てよく眠らなかった。
百三十五
翌朝、岸本は離座敷《はなれ》の廊下か
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