》の世話を頼むに好さそうな婆やも一人見つかったし。泉太をはじめ繁や君子まで日に増し成長して来て、自分の子供は自分の手で育てたいと思った彼が望みもいくらか遂げられたからで。子供等もまた次第に父と四人だけの簡素な生活に慣らされて来たからで。
 ある朝……十月の二十日過ぎの頃、岸本はひどい雨の音で眼がさめた。未だ夜は明けきらなかった。一年半足らず暮して見た離座敷の南側にある窓の雨戸の透間《すきま》の薄明るくなったのが彼の眼に映った。枕《まくら》の上で聴《き》くと、何処《どこ》から伝わって来るともなく虫の鳴声がする。それが秋雨の音の中で聞える。ややしばらく彼は枕に頭をつけたままで、窓の外の庭草に降りそそぐ夜明がたの雨を聞いていたが、あの巴里《パリ》の下宿の方に居る時分どうかするとよく眠られないで夜中に眼をさましたことを思い出した。その度に寝台を下りて、暗い旅の窓の側で仏蘭西《フランス》の煙草なぞを吸《の》んで見て、復《ま》た寝台に上ったことを思い出した。何時《いつ》の間にか彼の心は谷中の家の方へ行った。そこに泊っている民助兄がどういう心持で自分の懺悔を読んで見てくれたかを思い、またどういう心持でこの下宿へ尋ねて来てくれるかを思った時は、自分の身を羞《は》じる心と、遠く行く節子を憐《あわれ》む心と、この生に徹したいと思う心と、それらの心が一緒になって耳に聞える虫の鳴声と混り合った。彼は窓の外で鳴く虫が秋雨に打たれているのか、自分が冷い思いをしているのか、その差別もつけかねるように思いながら、次第に明るくなって行く朝を迎えた。
 岸本はそろそろ引越の支度《したく》をしながら民助兄を待っていた。午後から兄が尋ねて来た頃は何時の間にか雨も通過ぎた後であった。前の年に一度、民助は台湾の方から上京して久しぶりで弟と顔を合せたことがあった。その兄も、岸本が仏蘭西の旅に上ろうとした当時神戸の旅館で偶然落合って別離《わかれ》の酒を酌《く》みかわした頃の兄も、殆んど変りのないほどの人であった。今度逢って見ると、相変らず民助は身体のよく動く人で、台湾|土産《みやげ》のバナナの菓子や羊羹《ようかん》を提《さ》げて来て子供等の悦《よろこ》ぶ顔を見ようとする人で、種々な事業上の話から台湾の方に嫂《あによめ》と二人住む家の庭の熱帯植物の特色などまで物静かに語り聞かせるような人ではあったが、しかし岸本は今
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