私はどんなに嬉しく感じましたでしょう。今は創作の豊富を願うの外には何もございません。風吹かば吹け、雨降らば降れ――死の上にすら超越せしものなるを。
 ――私の健康を御心配下さることは何もございません。少しぐらいな無理も、溢《あふ》るる希望の前には何でもございませんから……」
 岸本は節子の心がここまで来たかと思い、何物にも蹂《ふ》みにじられまいとする彼女の愛情の頼もしさを思い、同時にこれほど激した手紙を書かせる彼女の境涯の切なさを思った。節子がユウモアのある心持の時と言えば、極く近く顔を寄せて、まるでたましいの奥まで見込むように眸《ひとみ》を合せることを好きでよくした。岸本はその節子の眸を見るような心持で、支那風《しなふう》の紅《あか》い紙箋《しせん》に鉛筆で書いてある彼女の心の消息を読んだ。
「つくづく年は取りたくないものだと思います。私はお婆さんに成りましても、苛酷《かこく》な心だけは持ちたくないと思います」
 こんな嘆息したような言葉が節子の手紙の終の方に書き添えてあった。

        百二十九

「オヤ、またおいそがしいところでしたかねえ」
 と言って輝子が渋谷から岸本の下宿を見舞いに来た。一旦《いったん》眼前《めのまえ》の平和が破れてからは、岸本は一方に輝子を見ることも苦しく思い、一方には門を鎖《とざ》してあるも同様に引籠《ひきこも》り勝ちな今の身で、遽《にわか》に遠くなってしまったような親戚《しんせき》に逢うことを懐かしくも思った。
「どうだ、俺《おれ》はこの節こういうものを穿《は》いて毎日仕事をしてる」
 と言いながら、岸本は山国の農夫の着ける紺木綿《こんもめん》のカルサンを着けたまま、自分で茶を入れに火鉢《ひばち》の側へ立って行った。
「東京でこんなカルサンなぞを穿いてる人はめったに無いね。奇を好むように思われるのも嫌《いや》だから、お客さまでもある時には大急ぎで脱いでしまう。まあお前だからこのままだ」と復《ま》た岸本が言った。
「いえ、よくお似合になりますよ――」と輝子は若い外交官の細君らしい調子で。
「そうお前のように言ったものでもない。ここの家の内儀《おかみ》さんなぞは東京の人で、こういうものを見たことも無かろう。いや、笑うにも、何にも。まるで茶番にでも出て来そうだなんて。しかし仕事着としては実に具合が好いね。夏はどうかと思ったが、割合に
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