た。
 岸本は堅く閉《とざ》された大きな扉を隔てて、その内と外とで節子と言葉をかわすような思いをした。
 電話が切れた後のシーンとした沈黙は谷中《やなか》の方の夏の夜へ、明るく電燈の点《つ》いた町中の自働電話室へ、その電話口に立つ節子の方へ岸本の心を誘った。

        百二十八

 八月の末まで待った。岸本は蔭ながら節子のことを心配しつづけて、未《ま》だ台湾から何とも言って来ないのかとその便《たよ》りを待遠しく思っていた。彼は節子から次のような手紙を受取った。
「今日はお父《とっ》さんも病院へお出掛けになりましたから、久しぶりでお二階の三畳でこれを書きます。私がこの部屋に居るのは何だかお邪魔のようでもあり、お父さんは居睡《いねむ》りしていらっしゃる時の外は何時でも暗誦《あんしょう》ですから、私の方でも思うようには出来ませんから、長い間ずっと階下《した》の四畳半で皆と一緒におります。この頃は私は人の知らない満足と隠れた誇りとに満ちた日々を送っております。私共はすでにすでに勝利者の位置にあることを感じますね。自分のベストを尽した時でなければ、心から満足を感ずることも出来ないのに、私の周囲にある人達はどうしてこう小さなことに一生懸命になったり悦《よろこ》んだり悲しんだりして、それでいながら根本の問題には触れようともしないのでしょう。近頃ほんとうに生き甲斐《がい》のある時を送ったと思いましたのは、お母《っか》さんの亡《な》くなった前後でございました。それから思い合せて下すっても、この頃の日々がどんなものかは想像して見て下さることが出来ましょう。お母さんが病院へ入ります前に、『お前がもし大病なような時でも、わたしにはこれだけのことはして進《あ》げられない』とよく言い言いしましたっけ。それにつけても、自分の直《す》ぐ隣に居る人達を愛したくていながら、愛することの出来ないのは悲しいものとぞんじます。思えば僅《わず》かに心の顔を合せることの出来ましたお母さんとの間は、どんな他の人との関係にも勝《まさ》って私の心に鮮《あざや》かでございますが、その母子の愛情ですら私どもの創作には比較にも成らないような気が致します。これほどの創作が肉体と共に滅びてしまうようなものとは、どうしても考えられません。『神もし選び給わば、死して後なおよく愛することを得べし』とか。あの異国の婦人の言葉を
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