った。それよりも彼は明るいところで互に顔の合せられる時まで待とうとした。「今後お目に掛れるのは何時《いつ》のことか、何年の後か」という意味の言葉が節子から来た手紙の中にも書いてあったが、その時こそ彼はほんとうに落着くところへ落着いた彼女を見たいと思い、今日の艱難《かんなん》と忍耐とを昔話にすることの出来るような彼女を見たいと思った。今は一切をそこへ投出したばかりの時だ。節子も、彼も、互に謹慎の意をあらわそうとしている時だ。長い将来のことを考えて、忍ぼうとする時だ。
 岸本は節子を見ることは出来なかったが彼女の声を聞くことだけは出来た。「お節さんから電話でございます」と言って下宿の女中が取次いでくれる度《たび》に、岸本はよく電話口のところへ行って懐《なつ》かしい声を聞いた。「こちらは自働電話でございますから」という声が伝わって来てから、岸本は節子が町へ買物に出ることをも、夜だけそれが許されていることをも知った。彼女の意味は、遠慮なく話してくれても関《かま》わないというにあるらしかった。「お前の方はそうでも、俺《おれ》の方はそうは行かない」――その断りが一語《ひとこと》言えないような位置に立って、茶の間に居る宿の主婦《かみさん》から台所の方に働く女中等の聞いているところで、どうかすると電話口に近い宿の主人《あるじ》の部屋に集まって涼みがてらに将棋をさしている人達までが聞いているところで、岸本は節子からの折々の報告を受けたり、相談に答えたりした。
「叔父さんでいらっしゃいますか――」
 ある晩、節子の声が復《ま》た掛って来た。
「なんですか、三晩も続けて叔父さんの夢を見たもんですから――あまり気になりましてね――どうかなすったんじゃないかと思いましてね――皆さんお変りもありませんか――」
 と節子の方から訊《き》いた。
 その時、岸本は彼女の話で台湾の民助兄が遠からず上京するということだけを確めた。尤《もっと》も、あの兄の用事の都合で、上京の日取は未だ定まらないとのことではあったが。
「そうか。いよいよ台湾の兄貴が出て来るかね」と岸本は言った。「お前も是非お願いするがいい――自分の方から進んでお供をするがいい――」
「私もそう思いまして――」と節子の声で。
「今度はそっちが旅に出掛ける番だね――」
 それを岸本が言うと、しばらく聞かない節子の楽しい笑声が彼の耳に伝わって来
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