ころへ来て、「でも、ほんとに力を頂きましたねえ」と言って悦《よろこ》んで見せるほど違って来たことを思い出した。その時から彼の不義の観念が一変したと言っても可《い》いほど動いたものと成って来た。この世ならぬ夫婦のような親しみがそこから生れて来たばかりでなく、互に一生を托《たく》そうとするような悲しみも生れて来たばかりでなく、それまで苦しみに苦しんだ罪と過《あやま》ちとが反って罪と過ちとを救うほどの清浄で自然な力を感じさせた。彼が罪の浄化ということを考えるように成ったのも、その頃からであった。彼が長いこと先入主となった肉の卑《いや》しめから離れるように成ったのも、その頃からであった。彼のように女性を軽蔑《けいべつ》して来たというのも、一つは彼の性分にあったとは言え、その卑しめの心が多分に女性を厭《いと》わしく煩《わずら》わしいものにしたことにも想い当った。彼はよく節子にあのアベラアルとエロイズの話をしたことを思い出した。彼女が未だこの下宿へ通って来る頃には、あの僧侶《ぼうさん》と尼僧《あまさん》との伝説に関したものを見つけて置いてそれを彼女に読ました事を思い出した。あの巴里《パリ》のペエル・ラセエズの墓地に静かな愛の涅槃《ねはん》のように眠っていた二人の寝像《しんぞう》。曾《かつ》ては通りすがりの旅人のようにして読んで来たあの羅馬旧教風な古めかしい御堂の横手に彫ってあった文字。それを彼は眼に浮べて見て、終生変ることの無かったというあの僧侶と尼僧とのような精神的な愛情が、東洋風に肉を卑しむ心から果して生れて来るものだろうかとも考えるように成った。
岸本が待受けた夜明は、何もそう遠いところから白んで来るでもなく、自分の直ぐ足許《あしもと》から開けて行きそうに見えた。血から解き放され、肉から解き放されて行くことを感知する度《たび》に、暗かった彼の心も次第に明るい方へ、明るい方へと出て行く思いをした。
百二十五
七月の末まで待つうちに、節子の前途に開けかかった進路のいとぐちが朧気《おぼろげ》ながら岸本には見えて来た。台湾の民助兄でも東京に家を持っていると節子を預けたいと言った義雄兄の口吻《くちぶり》と、「吾娘はわれに於いて処分するの覚悟を有す」と書いてよこしたような義雄兄の文句と、その後の節子からの手紙で父はしきりに台湾の伯父さんの上京を促しているという
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