ねえ。あるところの旦那《だんな》さんなんかも仰《おっしゃ》るには、これじゃ妹さんが可哀そうだ、何とか成らないものだろうかッて。『夢だった』とでもする訳には行かないものかッて、そこの旦那さんも仰るんですよ」
「そうお前達に心配を掛けて、それは俺も済まないと思う。しかし、誰が迷惑するッて言ったって、一番迷惑するのは俺じゃないか」
「何しろ当人の叔父さんがそれをお書きなさるものを側《はた》でどうすることも出来ないようなものですけれど……ああいうことをお出しになって、人は何と思うでしょうねえ。これは実際のことだと思って読むでしょうか。それとも作り話だと思うでしょうか」
「それは俺にも解らないサ。こういう人生もあると思って読んでくれる人もあるだろうサ」
「まあ、人の噂も七十五日ッて言いますから、今に何処かへ消えちまう時もまいりましょう――もうこんな話は止《よ》しましょう」
輝子は嘆息するように言って、襦袢《じゅばん》の袖《そで》で涙を拭《ふ》いた。この輝子の前に、岸本は自分の書いたものをよく読んで見てくれというより他の挨拶《あいさつ》の仕様も無かった。
百十六
幾度か岸本は義雄兄に宛《あ》てた手紙を書こうとして、その度《たび》に筆を捨てては嘆息した。兄の心に背《そむ》いても懺悔を公にしかけた彼は、どうしても黙って置く訳には行かなかった。一方にはその責《せめ》を負い、一方にはしばらく兄に別れを告げるつもりで、机に対《むか》って紙をひろげて見た。とても彼はその書きにくい手紙に自分の思うことの十が一をも言いあらわすことは出来なかった。もともと自分は大兄をはじめ、亡《な》くなった姉さんの御咎《おとが》めを受けるつもりで遠い旅から帰って来たものである、それにも関《かかわ》らず平然として今日に到ったと書いた。かく御厚志に甘えることを次第に心苦しく思うように成った自分は、むしろ御咎めを受くるこそ自分の本意であると思い立ち、自分の為《し》たことを皆の前に白状しようと決心したと書いた。今こそ大兄から自分を責めて貰《もら》える時が来たと書いた。相応に古い歴史のある岸本一門の名誉のためという御話もあったが、そのために自分の失敗を塗りかくすことも、長い間の隠蔽《いんぺい》の苦しみを忍ぶことも、自分に取っては耐えられなくなって来たと書いた。多くの美徳を具《そな》えた人達を祖先に
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