お前のところへ呼んでサ、お前からもよく彼女《あれ》に勧めて貰いたい」と義雄が言った。
「私からそれを勧めることは出来ません」
 岸本は簡単に答えた。それを聞いて義雄は更に言葉を継ごうとした。

        百十三

 義雄は弟の部屋を見廻して更に言いつづけた。「これでお前が細君も貰わずにいるなんてこともいくらか節ちゃんの方に響いているテ。遠心力のようなもので、遠廻しに引いている気味があるテ。節ちゃんもあれで一度はお嫁に行く気になったんだ。お前が仏蘭西《フランス》に行って留守の間に、一度は見合の写真までうつさしたものだサ。一体言うと、お前が旅から帰らない中に彼女《あれ》は嫁けてしまうつもりだった。何だか近頃の彼女の様子は、自分の産んだ子供のことでもしきりに聞きたがってるような風に見える。ホラ、例の一件で宜《よろ》しく世話になった看護婦があったろう。あの看護婦も今は病院の助手で、時々俺の家へも訪ねて来るサ。どうも見るのに、節ちゃんがあの看護婦から何か子供のことでも引出そうとしているらしい。下手《へた》にそんな話を聞かされては、それこそ大変だ。禁物。禁物。それで俺はあの看護婦に堅くその話を封じて置いたが。まあ、台湾の兄貴でもこういう時に東京に家を持ってると、あの兄貴の家へ節ちゃんを預けてしまう。俺としては、それが上分別だ。何にしても、あの様子は危くて仕様が無い。昨夜《ゆうべ》の節ちゃんと来たら、どんな間違いを起すか知れないような風サ。考えて見ると、世の中のことは実《み》もあり蓋《ふた》もありさネ。去年台湾の兄貴が出て来た時にサ、兄貴が莫迦《ばか》にお前のことを褒《ほ》めて、捨吉だけは無難だ、彼《あれ》だけはまあ兄弟中で一番安心だ、と言うじゃないか。その一番安心なお前が――これで兄貴も知らないようなことが有るんだからねえ。俺はその時|可笑《おか》しくなった。兄貴がそう言って知らずにいるところが可笑しくなった。しかし、俺は岸本の家ということを考える。祖先伝来の岸本の家の名誉ということを考える、中味はともあれだ、岸本捨吉で立てて置けば人も知らずに済むし、家の名前も汚さずに済むし、祖先に対しても面目を失わないというものだ。俺はそのくらい大きく考えてる。岸本の家の名誉に比べたら、節ちゃん一人の間違いぐらいは何でもないことだ。寧《むし》ろあんなものは間違いがあってくれれば可いぐら
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