。
しかし岸本は自分の懺悔が発表される日を待って、義雄兄|宛《あて》に手紙を書くつもりであった。自ら進んで兄の勘当をも受けよう、そして謹慎の意をあらわそう、そんなことを考えているところへ、思いがけない日に義雄兄が訪《たず》ねて来た。郷里の方で営んだという嫂の葬式を済ませ、やがて義雄は東京に帰って来ている頃であった。この兄は新規に起った節子の縁談を持って岸本の下宿へやって来た。
百十二
「や。どうも大分好い話だ。それに就《つ》いて妙なことがここに持上った」
と義雄は先《ま》ず節子の縁談のことを言出して、それから岸本の前に坐り直した。
節子の縁談は当然起って来べき時に向いていた。これまでとてもそういう話がちょいちょい無いではなかったが、その度に節子が堅く拒んで来たばかりでなく、娘を自分の側から手放したくないという嫂は大抵の場合に節子の方に荷担して縁談を成立たせなかった。その嫂もこの世に居なかったし、早く妹の身を堅めさせたいと心配する輝子も附いていたし、のみならず岸本が蔭《かげ》になり日向《ひなた》になりして節子を生かそうとした骨折を知らない人から見たら、彼女は独りで置くには惜しいほど気力を回復した女であった。彼女は最早「幽霊」でもなければ「片輪」でもなかった。
「委《くわ》しいことを話して見なければ解らんが――」と義雄は例の手強く出る調子で言った。「こないだ布施《ふせ》が来て――布施と俺《おれ》とは大の仲好しだから、あの男が言うには、『君の許《ところ》には未だ嫁《かたづ》かない娘さんがあるようだが、他《よそ》へくれても可《い》いのか』と俺に訊《き》いた。『くれても可いどころじゃない』と俺が言うと、『よし、そんなら僕が仲人《なこうど》に立とう』と。そこで貰《もら》おう、くれようという話が始まった。何しろ、先方《さき》の家の財産は五万円から有るというんだ。おまけに布施の方では、一切|是方《こっち》のことは調べないと言うんだぜ。こんなウマい話は一寸《ちょっと》無いサ。節ちゃんももう好い歳《とし》だから、こんな好い貰い手のある時に俺の方では嫁けてしまいたいとそう思うんだが、彼女《あれ》が不承知だ。いろいろそこにはゴタゴタしたことがあって――俺の方で少し言い過ぎたようなこともあったが――何だか、昨夜《ゆうべ》なぞは節ちゃんの様子が変だ。遅くまで掛って荷物
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