って、節子は母親の容体が急激に変って来たことを知らせてよこした。それを聞いて岸本は病院をさして急いだ。その日は電車でなく俥《くるま》で、嫂が附属の看護婦一同へ※[#「巾+白」、第4水準2−8−83]子《ハンケチ》などを途中で買い求めて行った。義雄兄は最初から慈善の意味で建ててある病院へ嫂を入れることを好まなかった。でもそこには岸本が懇意な博士もあり、まるで嫂はお客様のような扱いを受けた。岸本のつもりでは、嫂が入院中のことは自分で引受けて義雄兄の方へは心配の掛らないようにしようとした。それを嫂への御礼にとも考えた。
節子は看護に疲れた顔を泣き腫《はら》しながら病室の方で岸本を待ち受けていた。岸本が病人の側で彼女と一緒に成った頃は、義雄も輝子も急いで集まって来た。死は既に嫂の身体に上りかけていた。何を視《み》るともなく見張ったその大きな眼は僅《わず》かに他の人から岸本を区別することが出来るくらいであった。絶間の無い荒い病人の呼吸、医者や看護婦の部屋を出たり入ったりする音なぞが何となく臨終の近いことを思わせた。
谷中からは祖母《おばあ》さんが一郎と次郎を連れて別離《わかれ》を告げに来た。
「次郎ちゃん、もっと側へいらっしゃい」
と輝子が言添えた。
「お母《っか》さん、次郎ちゃんですよ」
と節子は母親の耳に口を寄せて言った。
「次郎ちゃんがよく見えますか」
「ああ見える。次郎ちゃんもよく来たね」
と嫂は苦しそうな息の中で言って、次郎の方へ痩《や》せ衰えた手を差延した。祖母さんはその側に跪《ひざまず》いたまま死んで行く自分の娘の方を見て掌《て》を合せていた。
岸本が病院附の若い助手を探すために廊下へ出た頃は、日は既に暮れていた。高い硝子戸《ガラスど》の外は雨でも来るように暗かった。泣き泣き病室を出て来た一郎は次郎と共に祖母さんに連れられて誰よりも先にその長い廊下を帰って行った。間もなく岸本は病人の側で田辺の弘とも一緒に成った。岸本の親戚《しんせき》でここに集らない者は、哈爾賓《ハルビン》の方に行っている輝子の夫、台湾の民助兄、大阪の愛子などであった。
「叔父さんは居るかい」
という嫂の声を岸本は寝台の周囲《まわり》に身内のものの集まっている中で聞きつけた。嫂はまだ何か言おうとしたが、それぎり声は激しい呼吸に変ってしまった。岸本はそれを嫂の最後の別れの言葉かと聞い
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