度となく岸本を抑制《おしとど》めないではなかった。もしも台湾の民助兄夫婦や大阪の愛子夫婦なぞがこの事を知ったとしたら。遠く北海道の方に住む園子の生家《さと》の人達の耳にまでも伝わる時があるとしたら。直接に自分の行為《おこない》に関係の無い人達のことを考えたばかりでもこの通りであった。その度に岸本は精神《こころ》の勇気も挫《くじ》けて、思い立ったことを中止しようとしたことも一度や二度ではなかった。嫂に宛てた手紙を書いた事は、この岸本から実際の動きを引出した。漸く彼は自分の意志から進むことが出来そうに成って来た。彼は種々な方面から自分の身に集って来る嘲笑《ちょうしょう》を予期した。非難を予期した。場合によっては、社会的に葬らるるであろうということも予期した。その結果として、多年彼の携わっていた学芸の世界から退かなければ成らないようなことをも――
恐ろしく悲しい嵐《あらし》の記憶がひしひしと岸本の胸に迫って来るように成った。「叔父さん、私をどうして下さいます」と言ったような過ぐる年の節子の思い屈した様子が、人知れず罪の意識に責められていた彼女のいたいたしさが、死体となって河岸《かし》へ流れ着いた妊娠した若い女を聯想《れんそう》させずには置かないような彼女の顔にあらわれて来た暗い影が――それらの記憶が復《ま》たありありと彼の眼前《めのまえ》にちらついた。一度は自殺の瀬戸際にまで彼を追いやったのも、節子の顔にあらわれて来たあの恐ろしい「死」の力だ。遠い旅に出て、彼女を破滅から救い、同時に自分をも救おうとするようなことが、そこから起って来た。兄を欺き、嫂を欺き、親戚を欺き、友人を欺き、世間をも欺いて、洋行の仮面にかこつけて国から逃出すようなことも、そこから起って来た。節子と自分との関係を明かにするには先ずその出発点からブチマケて掛らねば成らなかった。岸本は暗いところにある自分の恥を明るみへ持出そうとする時に成って、復た復た非常に躊躇した。
百九
一日々々と衰えて行った嫂《あによめ》の容体は、医者の骨折も、節子の看護も、結局それをどうすることも出来なかった。手術後十日ばかりの頃には、唯《ただ》病人の死を待つばかりのように成った。今日は病院から電話が掛って来るか、明日は掛って来るか、と岸本は下宿の方に居て三人の子供を相手にその噂《うわさ》をした。
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