《うち》のお父《とっ》さんにそう言われますよ――愛宕下へ行って帰って来ると、まるで一日二日は腑抜《ふぬ》けのように成ってしまうなんて」
「お前もまた面白くないなんて、寝たりなんかしちゃ不可《いけない》サ」
「なんですか姉さんが帰って来てから、余計にお父さんの調子が違って来ました。私は人間じゃ無いようなことを言われて……」
「何と言われたって可《い》いじゃないか――そんなことを気にしたところで仕方がない。そういう苦い反撥心《はんぱつしん》を捨てるサ」
「…………」
「そこがお前、懺悔《ざんげ》の心じゃないか。何も修道院や尼寺まで行かなくたって、宗教というものは有るものだろう。谷中の家を直《す》ぐに寺院《おてら》だと観《み》る訳には行かないものかね。俺はまあそう思うんだが、反抗したところで無駄だと思ったら、そういう反撥心を捨てて掛るんだね」
「…………」
「お前と俺とは、もうここまで来たものだ。行くところまで行くより外に仕方が無いサ。こんな日蔭者のような調子で、これが遣《や》り切れるものかね。もっと生きて出ることを考えようじゃないか――」
子供が学校から帰って来てからは二人はもうこんな話をしなかった。節子の快い承諾を得たことは一層岸本の決意を堅めさせることに成った。その日節子が帰った後で、岸本は彼女の残して置いて行った言葉を思い出して見た。
「三年も待っていられたんですもの……何時《いつ》までだって私は待ちましょう……」
百四
翌年の三月が来た。いよいよ岸本が思い立った懺悔を書く支度《したく》に移る前に、その時に成っても未《ま》だ残っていた小さな仕事を片付けようとする頃には、彼の周囲にあるものも種々《いろいろ》に動き変って来ていた。渋谷に新居を構えた中根は妻子だけをその家に残して置いて、復《ま》た遽《にわ》かに露領をさして出掛けて行った。大阪の愛子の許《もと》にいた岸本が末の女の児――君子は岸本の方で引取って養うことに成って、愛宕下へ帰って来ていた。この君子を加えてから岸本は三人の子供を連れて下宿する身となった。谷中の家では、節子の母親が流行の感冒《かぜ》に罹《かか》ったのが因《もと》で、それきりどっと床に就《つ》いていた。
嫂《あによめ》の病気は少しも快《い》い方に向わないで、だんだん重くなって行きそうであった。それを岸本は自分で見舞に行った
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