側には節子が針仕事する手を休めて、同じように箪笥に倚《よ》りかかり、同じように白足袋《しろたび》はいた足を延ばし、丁度並んだ男女《ふたり》の順礼のように二人して通り越して来た小さな歴史を思い出し顔であった。
漸く岸本は自分の情熱の支配者であることが出来た。そのために煩《わずら》わされるということが無くなった。彼は中野の友人が訳した歌のこころを、愛しようとするものと愛されようとするものの合致から流れて来る音楽として想像して見た。深い「生」の舞踏として想像して見た。その舞踏は陶酔そのものとも言いたいほど乱れ狂う「スコッチッシ」のそれではなくて、寧ろ片手は互の指を組み合せ、片手は互の身体を軽く抱き、足並を揃えて極く静かに踊る「タンゴオ」の境地として想像して見た。どうやら彼はその音楽を見つけることの出来るような愛の世界に辿《たど》り着いた。学問や芸術と男女の愛とは果して一致するものだろうかというような疑いに苦しむ必要も漸く無くなって来た。どうかすると節子は彼の見ている前で、帯の間から櫛《くし》なぞを取出して、彼女の額に垂下《たれさが》る髪をときつけたり、束ねた髪のかたちを直したりするほどの親しみを見せる。彼はその濃い光沢《つや》のある髪を見た眼を直ぐ書籍の上に移すことも出来、その女らしいしなやかな表情を側《わき》に置いて自分の仕事を十分に思考することも出来るように成った。
その日は、節子は実際に宗教生活に入って行く心支度《こころじたく》を始めねば成らないような話をして、彼女の前途の事なぞを語り暮した。節子が谷中をさして帰りかける頃には、もう寒いくらいの秋雨が来た。その翌日に成って彼女は岸本のところへ手紙を寄せて、帰って行く電車の間なぞが丁度雨の降るさかりであったから、ひどく濡《ぬ》れたりしたが、お蔭で大した困難もなく谷中の家に着いたと書いてよこした。それやこれやで手が大変に痛んで、御飯の時にも箸《はし》を持つことが出来ず、左の手に匙《さじ》を持つ始末であったが、油を塗って一晩休んだら今朝は余程好くなったと書いてよこした。彼女は又、身の辺《まわり》の澱《よど》んだ空気のことを書いて、その中に大きな声さえ出すことも出来ないように坐って、いやだいやだと思いながら今の境遇に引かれて行くのは、矢張自分が弱いからだというような嘆息をも書いてよこした。その手紙の奥には、涙ににじんだ左
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