チて頂きましょう」
「サモワアルも今度来る時に持って来ましたよ。あれでお茶を沸かすと、それはおいしいんですよ」
 中根夫婦がかわるがわる話しかける話声も何となく岸本の下宿を賑《にぎや》かにした。
 再会した親戚のもの同志が互の異郷の旅の話は一晩で尽くすべくもなかった。中根夫婦は渋谷の方に見つけた新しい住居《すまい》へ、義雄と節子とは谷中へ、いずれも礼を言って立ちかけるのを岸本は泉太や繁と一緒に玄関まで見送った。兄、義理ある甥、姉妹《きょうだい》の姪《めい》、甥子《おいご》、それから姪子――それらの人達が一団として残して置いて行った空気は、皆帰って行った後に成っても妙に強い力で岸本の心を圧した。つくづく岸本は自分の現状を打破することの難《むずかし》いのを思った。

        百

「父さん――お節ちゃんは僕等の第二の母さん?」
 とある日、泉太が父の側《そば》へ来て訊《き》いた。
 岸本はこの問を出した子供の顔を見まもった。「どうしてお前はそんなことを訊く。誰かにそんなことを言われて来たのかい」
「だって、姉《ねえ》やが僕に訊くんだもの」
 と言って泉太は困ったような顔をした。
「お前達には母さんは一人しか無いじゃないか」
 と岸本は泉太を言いなだめたが、しかしこの子供の訊く「第二の母さん?」は、誰にそんなことを訊かれたよりも強く岸本の胸に徹《こた》えた。
 泉太は最早《もう》この下宿から小学校の一番上の組に通うほどの少年であった。時々岸本は子供の顔を見ているうちに、父の仕事の手伝いとして通って来る節子がいかに泉太等の眼に映り、いかに少年の日の記憶として後まで残るであろうということを考えて、それを自分の幼かった時の記憶に結びつけて思い比べないではなかった。節子が一番心配しているのもこの泉太等のことだ。「泉ちゃん達の大きく成った日のことも考えて見なければ成りませんからねえ」とか、「泉ちゃん達が大きく成ったらどう思うでしょうねえ」とかは、そもそも岸本が節子に心を許した頃に彼女の口から聞いた言葉だ。この子供が大きくなって皆の読むものでも読んで見ようという日に、もし父の書いた愚しい書物なぞを開けて見たとしたら――もしその中に父と節子との関係を読んだとしたら――もし彼等の知らなかった腹違いの弟が一人この世に生きていることを発見したとしたら――それを思うと岸本は誰に隠そうと
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