Aあるいは丁度去年あの漸くお目に掛って、うれしいとも悲しいとも名のつけようの無い心持を味《あじわ》っていた頃かも知れないと書いてよこした。
こういう節子の手紙は、折角離れていようと思う岸本の心を彼女の方へと巻き込まずには置かなかった。どうかすると、その手紙の中には、「織女を恐《こわが》っている牽牛なんて有りませんね」などとした初心《うぶ》な調子で書いたところも有った。その節子の初心なところが彼女の若いことを証拠立てていて、反《かえ》っていじらしく岸本の心に絡《まと》いついた。
下宿に移ってからの岸本は、子供の身の辺《まわり》の世話から言っても、女の手を煩《わずら》わしたいと思うことが多かった。その意味から言っても高輪の方に暮した時と同じように土曜日|毎《ごと》に来る節子が彼に取っては可成《かなり》の手伝いに成った。しかし彼は暑中の間、節子に通って来て貰《もら》う度数を減そうとした。月に二度しか彼女を見ないことにした。どうかして彼はもっと自分の精神《こころ》の動揺が沈まるのを待とうとした。
八十八
岸本は節子に珠数《ずず》を贈った。幾つかの透明な硝子の珠《たま》をつなぎ合せて、青い清楚《せいそ》な細紐《ほそひも》に貫通《とお》したもので、女の持つ物に適《ふさ》わしく出来ていた。彼が移り住んだ下宿の界隈《かいわい》は増上寺を中心にした古い寺町で、そういうものを容易《たやす》く手に入れられるような位置にもあった。価も安く求められたのであった。
この簡素な、しかし心を籠《こ》めた贈物はひどく節子を悦《よろこ》ばせた。彼女がそれを納めて帰ったのは七月の半ば頃に愛宕下へ訪《たず》ねて来た時で、丁度岸本もしばらく彼女から離れているくらいにして旅行記の稿を継ごうとしていた頃であった。後でよこした彼女の手紙の中には、大変好い物を貰った、谷中へ帰ってからも幾度となくそっと掛けて見たということが書いてあった。いずれ自分も男持に出来たのを探して、この返礼としたいとも書いてあった。岸本はその節子を谷中の家の二階の三畳に置いて想像するのを楽みに思った。覚束《おぼつか》ないながらも宗教へと辿《たど》り行こうとしている彼女の手箱の中に、自分の贈った熱い思慕のしるしを置いて考えるのも楽みに思った。
その時の節子の手紙は珠数の礼ばかりではなかった。彼女は岸本の苛々《いらい
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