ネ声を聞いた。
「わたしの旦那《だんな》さん」
熱心にその声を探そうとする度《たび》に何物も彼の腕の中には無かった。唯彼の手は空虚を掴《つか》んだ。
八十
義雄兄の家族と分離してから以来《このかた》岸本が祖母《おばあ》さんを借り久米を借りして始めて見た簡易な生活も半年ばかり続いた。岸本の方に無くて叶《かな》わぬ祖母さんは、兄の方にも無くて叶わぬ家庭の調和者で、そうそう長く高輪の家に引留めて置けない事情が起きて来た。岸本がこの祖母さんを失うのは、自分の家から中心の人を失うに等しかったのみならず、彼は折角自分の許《もと》へ勉強するつもりで来てくれた久米に対しても、とかく子供等のために煩《わずら》わされ勝ちなのを気の毒に思うように成った。彼は不自然に抑《おさ》えられていた子供等の性質が如何《いか》に急激に祖母さんや久米の温情の下に緩《ゆる》められたかを見た。その結果は、母親のない子供等を慰めることは出来ても叱《しか》ることの出来ない人達に取って、いかに頭痛の種であるかを見た。殊《こと》に二番目の繁が一度愚図り始めたら、泣くだけ泣かなければ止《や》まないという風で、日に日に募って行くこの児の駄々《だだ》は久米をも女中をも泣かせてしまうのを見た。どうしてもこれは自分で養うの外は無い、なるべく自然な方へ頼りの無い子供等を連れて行って彼等の成長を待つの外は無い。こう岸本は考えて、どのみち高輪の家を解散しようと思い立つように成った。彼は自分の子供等のことで、これ以上祖母さんや久米に心配を掛けるには忍びなかった。
そこで彼は一つの試みを思い立った。それは泉太や繁と一緒に下宿へ移るということであった。彼は巴里《パリ》の方で経験して来た三年の下宿生活が何等《なんら》かこの試みに役に立つであろうという期待を持った。尤《もっと》もその事は未《ま》だ誰にも言わずにあった。
節子のために再婚を断念して掛った岸本がこうして家庭というものを出てしまうということは、そして旅人の生活に帰って行くということは、寧《むし》ろ彼には当然の成行《なりゆき》と思われた。その心持で、ある日彼は谷中の方からやって来る節子を待受けた。
節子は訪《たず》ねて来た。丁度家のものは祖母さんはじめ子供から女中まで上野の方へ花見に出掛けた時で、岸本|独《ひと》り寂しく留守をしていた。節子は例のように
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