オょう》の句を書きつけた久米の字を指して見せた。右の板の方には太い筆で書いた節子の字があった。節子の書いたのは、二十代でこの世を去ったある人の遺《のこ》した七言絶句であった。
「へえ、節ちゃんの書いた字はまるで男のようですね」
 と言う愛子と一緒に、岸本はその素木《しらき》の檜木板に眺《なが》め入った。
「節ちゃんも字は達者に成ったね――なにしろ毎日々々お父さんの代筆をさせられてるんだから」
 と彼は言って、ふとあんな文句の見つかったのを節子の来た時に書いて貰ったという話をした。その時節子はこんなものを書いたことが無いという風で、祖母さんの居る部屋の方へ持って行って書いて来たが、出来上ったところを見るとあんな風に少し曲ったという話をもした。彼はその若々しい文句を漢詩の形で遺した人がまだ世にある頃には、愛子なぞが幾歳《いくつ》ぐらいの幼い娘であったろうと想って見た。愛子に絵画を学ぶことを勧め、南画で一家を成したある婦人に師事することを愛子の十三四歳の頃から勧めたのも、そういう青年時代の自分であったことを思い出した。
「何か簡単なもので好い、一寸した素描のようなもので好い。一つ描いて置いてっとくれ」
「描くには描きますが、今|直《す》ぐと言われちゃ少し困りますね」
 と愛子は答えた。趣味というものに生きようとしているかのような愛子は、こうした家具の隠れた装飾なぞを叔父のように無造作に考えてはいないらしかった。いずれ彼女は下図でも造った上で、大阪へ発つ前にもう一度叔父の許《もと》へ訪ねて来ようと言出した。
「なにもそんなに丁寧なもので無くても好い。高《たか》が本箱の蓋じゃないか」
「いえ、そうは行きません」
 と言って愛子は聞入れなかった。

        七十四

 その翌々日のことであった。節子が谷中から見えた時、岸本は根岸の姪《めい》の言ったことを彼女の前で思出して見た。
「お愛ちゃんがお前を褒《ほ》めていたぜ――なんだか俺《おれ》は自分が褒められたように嬉しかった」
 と彼はその包みきれないよろこびを節子に言って見せた。彼の望みは、どうかして周囲に反抗しようとする彼女の苦い反撥《はんぱつ》の感情を捨てさせたいと思っていたからで。それを脱け去る時が、ほんとうに彼女の延びて行かれる時と思っていたからで。
 弱い節子が気候に苦しむのは暑さよりも寒さの方にあった。何時《
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