tえ渇《かわ》いたように生の歓びを迎えるということがあろう。彼は自分のような旅人に与えられた自然の賜物であるとまで考えるほどにして、その新しい歓びに浸って行くように成った。
 すべては岸本に取って心に驚かれることばかりのようであった。彼は自分の生涯の途中に、しかも老い行こうとする年頃の今になって、節子のような女が自分の内部《なか》へ入って来るように成ったことを一つの不思議とさえ考えた。彼はあの青木や菅《すげ》や市川などと青春を競い合った年頃に逢《あ》った勝子のことを節子に思い比べて見た。試みに二人の相違を比較して見た。二人の気質の相違を。二人の容貌《ようぼう》の相違を。二人の年齢の相違を。二十余年も前に青年としての彼が別れた勝子と、今見る節子と、いくらも年齢《とし》が違っていなかった。曾《かつ》て彼は自分と節子との時代の隔たりを、ある近代劇中の老主人公と、洋琴《ピアノ》を弾《ひ》いて聞かせるだけの役目にあの主人公の許《もと》へ通って来る若い娘との隔たりに譬《たと》えて見たことがある。あの無邪気な指先から流れて来るメロディでも聞いて老年の悲哀と寂寞《せきばく》とを忘れようとする人と、まだ生先《おいさき》の長い若草のような人との隔たりに譬えて見たことがある。三年の節子の発達はこの若い娘の位置から余程彼女を変えて見せたとは言え、彼と節子との時代の隔たりはそれにしても争われなかった。幾度《いくたび》彼は節子のような若い女の心が自分に向って動いて来たことを不審に思ったか知れない。彼は節子の「心からのほほえみ」を通して自分と彼女の間の根深い苦悩の微笑みを読むような心を持ち始めた。
 解き放たれかけて来た岸本の胸からは自分ながら思いがけない程のものが迸《ほとばし》り流れて来た。夜もろくに眠られないようなことが、やがて彼には一月ばかりも続いた。

        六十

「自分にはもう悲みということが無くなってしまった」
 こう節子は小さな手帳の中に鉛筆で書きつけて、他にも手短かに書いた言葉と共に彼女が心の消息の断片を岸本のところに置いて行った。その中には、「どうもまだ、からだの具合が悪い、それにつけても葡萄酒《ぶどうしゅ》はつつしまなければいけない」と書きつけたところもあった。二人の間には何時《いつ》の間にか種々《いろいろ》な隠し言葉が出来た。「創作」とか、「葡萄酒」とか。後の言
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