Dいけれど、何かこう低気圧でも来るように時々黙り込んでしまうには閉口する」
 岸本はそれを食事の折に言出して兄や嫂の前で笑ったこともある。節子はまた皆の前でそう言われても別に悪い顔も見せないほど、元気づいた。
 黙し勝ちな節子は一度、勝手につづいた小部屋の戸棚《とだな》をあけて、その奥に蔵《しま》ってある彼女の手箱を岸本に取出して見せた。手箱と言っても、万事不自由な彼女は菓子の空箱で事を足していた。節子はそれを見てくれと言いたげな表情をして、岸本だけをそこに残して置いて、自分は祖母《おばあ》さんや母親の居る部屋の方へ行った。大事そうにして彼女が蔵って置くものは、岸本の眼には別に変ったものでもなかった。それは彼が仏蘭西の旅に上る頃から以来《このかた》節子に宛てて書いた手紙や葉書の集めたものだ。神戸から出したのもある。往きの航海の途中に出したのもある。巴里へ着いてから出したのもある。リモオジュの田舎《いなか》から出したのもある。留守宅のことを宜《よろ》しく頼む、子供を頼む、というような用事を書いた手紙か、さもなければ簡単な旅の記念に過ぎない。いずれも彼女を厭《いと》い避けようとした苦しく悩ましい心の形見でないものは無い。岸本はそれらの旅の便《たよ》りを書いた時の自分の心持を思い出し、また節子からも神戸へ宛、巴里へ宛、かずかずの変な手紙を貰う度にそれを引裂いて捨てるか暖炉《だんろ》の中へ投げ込んでしまうかしたその自分の心持を思い出して、厭《いや》な気がした。節子の手箱の底には二枚続きの古い錦絵《にしきえ》も入れてあった。三代|豊国《とよくに》の筆としてあって、田舎源氏《いなかげんじ》の男女の姿をあらわしたものだ。それを見ると、この手箱の持主がこんな僅《わずか》な色彩に女らしい心を慰めていたかと思われるだけで、別に岸本は心も曳《ひ》かれなかった。眼前《めのまえ》にある事象《ことがら》にのみ囚われまいとする心、何とかして不幸な犠牲者を救いたいと思う心、その二つの混淆《こんこう》した気持を胸に抱《いだ》きながら岸本は例の二階の方へ行った。そこへ洗濯物を持って一寸家の方から通って来た節子と一緒に成った。岸本は洗濯物を置いて帰って行こうとする節子を呼留めて、自分の再婚の意志を彼女に話した。
「叔父と姪とは到底結婚の出来ないものかねえ」
 思わず岸本はこんなことを言出した。彼は節子の
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