sそな》えかけて来た。愛子の報告を読むにつけても、岸本は子まで成した節子と自分との関係が如何《いか》にこの二度目の結婚に影響して行くかを想わずにはいられなかった。彼はまた自分の再婚の場合を仮に節子が他へ嫁《かたづ》いたとして宛嵌《あては》めて見た。
「御手紙は難有《ありがと》う。自分はこの縁談に就いてもっとよく考えて見たい」
 こういう意味の返事を根岸へ出して置いて、岸本はこの縁談のあったことを義雄兄に話した。
 食事の度《たび》に家の方へ返って行って見ると、岸本は復た節子の容子《ようす》の何時《いつ》の間にか変って来たのに驚かされた。彼が「節ちゃんの低気圧」と名をつけたものは以前に勝《まさ》る激しさをもって彼女の上に表れて来た。
 ほとほと岸本は節子の意中を知るに苦んだ。彼が再婚説は他から勧められるまでもなく自ら進んで思い立ったことで、そのことは義雄兄の前ばかりでなく節子にも話し聞かせたことであった。そのために節子が家中の誰とも口を利《き》かないほど機嫌《きげん》の悪い顔を見せようとは、どうあっても彼には考えられなかった。最早《もはや》彼と節子との近さは、以前のように彼女から眼をそむけようとし、なるべく彼女から遠ざかろうとし、唯《ただ》蔭ながら尽そうとしたような、そんな隔りのあるものでは無い。彼女を救おうがためには、彼は既に片腕を差出している。節子はその彼をさえ避けようとした。
「ああ、復《ま》た始まった」
 と岸本は独《ひと》りで言って見て、彼女の神経質から堪《たま》らなく苛々《いらいら》としたものを受けた。じっと頭を垂れて考え沈んでしまったような彼女の様子は食卓の周囲《まわり》までも不愉快にした。

        四十二

「節ちゃん、お前はどうしたんだねえ」
 ある日、岸本はうち萎《しお》れた節子の前に近く行って立った。ややもすれば深い失望にでも堕《お》ちて行こうとする彼女の憂い沈んだ様子は、岸本には観《み》ていられなくなって来た。彼は以前に節子をなだめたと同じようにして、復た彼女をなだめようとした。すると節子はすこし顔色を変えながら繊弱《かよわ》い女の力で岸本の胸のあたりを突き退けた。
 こうした節子の低気圧も、しかし以前ほどは続かなかった。激しいだけ、それだけ短かった。その後には以前にも勝る親しみをもって、一層岸本を力にするように成った。
「節ちゃんも
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