燗ッじ屋根の下に住む今の家では、旅から持って来た書籍の類を整理する気にも成れなかった。おまけに子供は多し、どうしても彼には仮の書斎を見つける必要が起って来た。町の空へ出て見ると、広い世界を遍歴して来た旅行者の誰しもが経験するような、旅の与えた心持がまだ彼には薄らいでいなかった。その心持は、自分の国を見るのにあだかも外国を見るような感じを抱かせる。どうかすると彼はまだまだ海にでも居るような気がする。上陸して二箇月ばかり何処《どこ》かの土地に滞在するに過ぎないような気がする。彼の心はまだ南|阿弗利加《アフリカ》のケエプ・タウンへも行き、ダアバンへも行き、あのマレエ人や印度《インド》人や支那《しな》人なぞの欧洲人と群居する新嘉坡《シンガポール》あたりの町へも行った。時々彼は自分で自分の眼を疑った。何故というに、そこいらを歩いている女の人が、それが実際日本の女ではなくて、マレエ半島あたりの土人の女ではないかという気を起させるのだから。こうした眼に映る幻影は、旅から疲れて帰って来た彼自身の内部《なか》の光景《ありさま》と不思議に混り合った。彼はあの眼に見えない牢獄《ろうごく》を出る思いをして巴里《パリ》の下宿を離れて来た自分と、もう一度節子に近づいて見た自分と、その間には何の関係があり何の連絡があるかとさえ驚かれるくらいに思って来た。これでも自分は国へ帰って来たのかしらん、そう考えた時は茫然《ぼうぜん》としてしまった。
三十七
岸本は家の近くに二間ある二階を借りた。九月のはじめからそこを仮の書斎として、食事の時と寝泊りする時とには家の方へ通った。彼の子供の中には毎晩よく眠っているのを呼び起さねば成らない習慣のついたものがあった。彼はその子供を呼び起す役目が義雄兄の家族に取って可成《かなり》の苦痛であったことを発見した。どうしてもこれは他人の手を煩《わずら》わすべきことで無い。その考えから彼は北向の部屋に親子三人|枕《まくら》を並べ、大きくなれば自然に治《なお》る時もあるという少年時代の習慣のついた子供を側に寝かせて、なるべく嫂《あによめ》達に迷惑を掛けまいとした。丁度義雄兄は郷里の方へ出掛けて留守の時であった。節子は叔父の骨の折れるのを見兼ねたかして、子供を呼び起しに来てくれたことがあった。その日から両人《ふたり》の間の縒《よ》りが戻ってしまった。
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