C遣《きづか》った。まぶしい日光は彼でさえ耐え難かった。彼は節子をいたわりいたわり往きと同じ新開の町を新宿の近くまでも送って行った。時には彼の方から、不自由な境涯にある節子の要求を聞いて見ようとして、一緒に歩きながら話しかけるような場合でも、節子ははかばかしい答えさえもしなかった。彼女は唯無言のまま、過ぐる三年の間のことを思出し顔に暑い日の映《あた》った道をひろって行った。
「どうかして、この人は救えないものかなあ」
 その心で岸本は別れて行く節子を見送った。長いこと彼は一つところに立って、三人の子供の後姿や動いて行く節子の薄色の洋傘《こうもり》を見まもっていた。

        三十六

 泉太や繁の暑中休暇は、それから一月ばかり続いた。その間には大暑がやって来た。耐えがたい疲労が今度は本当に岸本の身に襲いかかって来た。もう一切を放擲《ほうてき》させる程の力で。高輪の家の蒸暑い夏の夜なぞは彼は奥の部屋の畳の上に倒れて死んだように成っていることもあった。
 国へ帰って初めてのこの暑さは、岸本が倫敦《ロンドン》出発以来の長い船旅から持越した疲労を引出したばかりでなく、どうかすると三年の仏蘭西《フランス》の旅の間知らない人の中で殆《ほとん》ど休みなしに歩き続けて来たようなその疲労までも引出しそうに成って行った。張り詰めた神経の急激な静止と休息とから、彼の内部《なか》に潜んでいたものは一時《いっとき》に頭を持上げて来た。そして激変した土地の熱の為に蒸されるように成った。
 何となく岸本の心は静かでなくなって来た。何と言っても同じ悲しい記憶に繋《つな》がれているような節子の為《す》ること成すことは彼の上に働きかけた。不思議な低気圧が節子に来た時、それが幾日となく続きに続いた時、仮令《たとえ》彼にはあの節子の苛々《いらいら》とした様子が見ていられなかったとは言え、彼は与えるつもりも無い接吻《せっぷん》なぞを与えたことを悔いた。三年の抑制と自責とは、彼をより強いものにしないで、反《かえ》ってより弱いものにして行くかのようにさえ疑われて来た。世にも不幸な女と共に、どうやら彼はもう一度|試《ため》されそうに成って行きかけた。
 ある日、岸本はその界隈《かいわい》に自分だけ勉強の出来るような部屋でも貸すところがあらばと思って、それを見つけるつもりで家を出た。二家族のものを合せて九人
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