三十二
八月に入って泉太や繁の母親の忌日《きにち》が来た。学校も暑中休暇になった二人の子供は久し振《ぶり》で父と一緒に外出することを楽みにして、その前の晩から墓参りに行く話で持切った。
朝早く出掛けることにした。岸本は一郎をも節子をも誘った。寺のある郊外の方には岸本が訪ねたいと思う旧友も住んでいたので、彼は帰路《かえりみち》だけ子供を節子に頼んで置いて、自分|独《ひと》りで友達の家の方へ廻るつもりであった。
「捨吉は菅《すげ》さんの許《ところ》へ寄るで。そりゃ節ちゃんも一緒に行って、帰りには子供を連れて来るがよかろう」
と兄は嫂を取做《とりな》すように言って、「稀《たま》には節子にもそれくらいの元気を出させるが可《よ》い」という意味を通わせた。
節子はいそいそと支度した。子供等が急《せ》き立てる中で新しい白足袋《しろたび》なぞを穿《は》いて、一番|後《おく》れて家を出た。
「次郎ちゃんが見てるとまた喧《やかま》しい、出掛ける人はさっさと出掛けとくれ」
という嫂の声を聞捨てながら、三人の子供は歓呼を揚げて真先に駆け出して行った。岸本は物の半町も子供と一緒に歩いたころ、後から薄色の洋傘《こうもり》を手にしながらやって来る節子を待った。外出した途中でよく脳貧血を引起すという節子のことが何よりも彼には気掛りであった。
「節ちゃん、今日は大丈夫かね」
岸本が尋ねた。
「ええ、大丈夫でしょう」
こう答える節子の声はつつましやかであった。
「お前の着物も何も皆《みんな》お蔵へ預けてあるなんて――なかなか好いのがあるじゃないか、そんなのが有れば沢山じゃないか」
「好いにも悪いにも、これッきりなんですもの」
と節子はすこし顔を紅《あか》めた。彼女は何事も思うに任せぬという風で、手にした女持の洋傘のすこし色の褪《あ》せたのをひろげて翳《さ》した。
旅から帰った叔父に随《つ》いて歩くようなことは、節子に取ってそれが初めての時であった。何時晴れるともなく彼女の低気圧も晴れて行った後で、あれほど岸本の心を刺戟《しげき》した彼女の憂鬱が何処《どこ》にその痕迹《こんせき》を留《とど》めているかと思われるほど、その日は冴《さ》え冴《ざ》えとした眼付をしていた。岸本が三年振で義雄兄の家族と合せにくい顔を合せた時、彼の眼に再び映った節子は思ったより小柄な人であった
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