B恐らく巴里の下宿の主婦《かみさん》の姪なぞに思い比べて来た眼で、節子と同年になるというあの髪の毛の赤く骨格の立派なリモオジュ育ちの仏蘭西の女なぞに思い比べて来た眼で、急に自分の姪を見た故《せい》ででもあったろう。こうして一緒に連立って外出して見るとさすがに三年の間の節子の発達が岸本にもよく感じられた。彼女は狭苦しい籠《かご》の中から出て来て、実に幾年振かで、のびのびと夏の朝の空気を呼吸する小鳥のようであった。家に燻《くす》ぶっている時とも違って、その日の節子はつくり勝《まさ》りのする彼女の性質や、目立たない程度で若い女が振舞うような気取りをさえ発揮した。
 子供等は足の遅い節子を途中で待受けるようにしては復《ま》た先へ急いで行った。節子はこうした日の来たことを夢のように思うという風で、叔父と一緒に黙し勝ちに清正公《せいしょうこう》前《まえ》の停留場まで歩いた。

        三十三

 新宿まで電車で行って、それからまた岸本は子供等や節子と一緒に大久保の方角を指《さ》して歩いた。
 岸本が心配して行ったほど節子は疲れたらしい様子も見せなかった。この弱い姪《めい》をいたわることから言っても、彼はなるべく自分の歩調をゆるめようとした。ずっと以前に一年ばかり彼が住んだことのある郊外――その頃はまだ極く達者であった妻の園子に、泉太や繁から言えば姉達にあたる三人の女の児を引連れて、山から移り住んだ頃の思出の多い郊外――その頃の樹木の多かった郊外が全く変った新開の土地となって彼の行先にあった。
「この辺の町もすっかり変ったね――」
 こう岸本が言って見せるような場合にも、節子はそれを聞くだけに満足して、唯《ただ》黙って叔父と一緒に歩きたいという風であった。久しぶりで「母さん」のお墓の方へ行く兄弟の子供、殊《こと》に兄の方の泉太に取っては、この子供が今歩いて行く道は自分の生れた郊外の方へ通う道に当っていた。
「泉ちゃん、大久保だよ」
 岸本が後方《うしろ》の方から声を掛けると、泉太は一郎や繁と並んで歩いて行きながら、
「ああ、これが僕の生れた大久保だ」
 とさも懐《なつか》しそうに言った。節子は、丁度同じくらいな背に揃《そろ》った三人の少年の後姿を眺《なが》め眺め、直《す》ぐ後から静かに続いて行った。
 以前に比べると寺の附近もずっと変っていた。「叔母さん」へあげるための花
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