フために出歩いた。旧知なつかしい心から彼は訪《たず》ねられるだけ親戚《しんせき》や知人を訪ねたいと思った。芝に。京橋に。日本橋に。牛込《うしごめ》に。本郷に。小石川に。あだかも家々の戸を叩《たた》いて歩く巡礼のように。そして高輪を指《さ》して帰って来て見る度《たび》に、相変らず節子は鬱《ふさ》ぎ込んでいた。
旅から岸本が心配しながら帰って来た時、彼の想像する姪《めい》は姿からしてひどく変り果てた人であった。あの巴里《パリ》の下宿の方で取出すのも恐ろしいほどに思った節子の写真に撮《と》れた姿――彼女自身の言葉を借りて言えば、まるで幽霊のように撮れたという産後の衰えた姿――それがまだ彼の眼にあった。その思いをすれば節子はいくらか瘠《や》せ細ったかと思われる位で、短く切れたという髪でさえ見たところさ程には彼の眼に映らなかった。けれども、これは唯一時彼を安心させたに過ぎなかった。以前とは違って節子の弱くなったことが、次第に兄や嫂《あによめ》や祖母さんの口から泄《も》れて来た。
「お前が帰って来てから、あれで気を張っているものかも知らんが、あんなに朝も早く起きるようなことは節ちゃんとしては、まあ開闢《かいびゃく》以来だ。どうかすると部屋の掃除をする元気もない。自分の寝床を畳むのがもう精々――そんな日がこれまでにいくら有ったか知れない。お前が留守の間はまるで寝て暮した様なものだぞ。稀《たま》に外へ使に出してやれば電車の中で気が遠くなるなんて――ヤカなものだわサ」
こう義雄は田舎訛《いなかなまり》の混って出て来る調子で岸本に話し聞かせたこともある。その調子は、鈴木の姉のように慎《つつし》み深いか、亡《な》くなった甥《おい》の太一の細君のように賢いか、田辺の家のお婆さんのように勇気があるか、でなければ女として話にならないという風で。
矢張実際の節子は岸本が心配した通りであった。それほど弱々しい人で、しかも水いじりは勿論《もちろん》、針を持つことさえ覚束《おぼつか》ないというほど手の煩《わずら》いに附纏《つきまと》われているような人で、どうしてこのまま家庭の人と成ることが出来ようかと危《あやぶ》まれた。「お前は人一人をこんなにしてしまった」――そういう声が来て彼を責めたとする。よし節子を囲繞《とりま》く一切の病的なものが悉《ことごと》く彼の責《せめ》のあることでは無いにしても、
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