ェ帰っていらしったら、泉ちゃんや繁ちゃんまで眼に見えて違って来ましたよ――矢張《やっぱし》、親は親ですねえ」
こういう嫂の言葉は、御世辞にしても岸本には嬉しかった。
何よりも先《ま》ず岸本の願いは自分ながら驚くばかりの激しい旅疲れを少しずつ休める事であった。そういう場合には、彼は二人の子供の側へ行った。客の前なぞで無理に折曲げて坐っていた膝《ひざ》をそこへ行って延ばした。腰掛けることに慣れて来た彼は、時には顔をしかめ、痛い足を擁《かか》えて、子供等の見ている前でうめくような声を出した。
「どうだね、父さんもこれで幾らか異人臭くなって帰って来たかね――」
と岸本が尋ねると、泉太は繁と並んで父の顔を眺めながら、
「異人臭くって厭《いや》になっちゃった」
この泉太の人の好さそうな調子が父や弟を笑わせた。
二十六
「でも、泉ちゃんも繁ちゃんも大きくなったね」と岸本は二人の子供を見較《みくら》べながら、「泉ちゃんの方は、おおよそそれくらいに成ってるだろうとは思ったが、繁ちゃんの大きく成っていたには父さんも驚いた」
「僕と泉ちゃんと並ぶと、背《せい》は同じくらいだね」
と繁は泉太の方を見て言った。岸本は自分の前に坐っている二番目の子供が、もう、「僕」という言葉なぞを覚えて使っている子供が、神田川に近い以前の家の方で朝晩の区別もはっきり分らないように「これ、朝?」とか「これ、晩?」とかよく訊《き》いたあの幼い繁であるかと考えると、思わず微笑《ほほえ》まずにはいられなかった。
岸本は言葉を継いで、
「父さんが帰って来た時、車の上から繁ちゃんに声を掛けたろう。父さんには直《す》ぐ繁ちゃんだということが分った。あの時、お前は妙な返事をして馳出《かけだ》して行ったじゃないか」
「僕は、父さんだとは思わなかった」と繁が答えた。
「そうかねえ。父さんが分らなかったかねえ」
「車の方をよく見なかったもの――日除《ひよけ》が掛ってて、よく見えなかったもの――」
二人の子供は思いついたように顔を見合せて、父が旅の土産を取出しに行った。それを大事そうに父のところへ持って来た。
「泉ちゃんや繁ちゃんはお清書だの図画だのをよく父さんのところへ送ってよこしてくれたね。日本の字は筆で大きく書くだろう。外国ではお前、みんなペンだろう。泉ちゃんのお清書なぞを外国で見ると、字が大
前へ
次へ
全377ページ中215ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング