ィい》を嗅《か》ぎながら横になって見ると、その日一日心配しつづけたことがまだ岸本の胸を去らなかった。何かの碑面にでもありそうな漢文体の文句を暗誦《あんしょう》しながら睡眠《ねむり》を誘おうとしているらしい兄はと見ると、枕《まくら》を並べたその人の方からは何時《いつ》の間にか高い鼾《いびき》が聞えて来た。岸本はよくそれでもこの屋根の下に旅の着物を脱ぐことが出来たと思い、いろいろさまざまなことがそれからそれと胸に満ちておちおち眠られなかった。
朝になると、義雄はもっと東京の中心に近い町の方の宿屋へ通うことを日課のようにしていると言って、鞄《かばん》をかかえて出掛けて行った。こんな不便な郊外で、電話も無いような住居では、何の事業を画策《かくさく》することも出来ないというのが兄の宿屋通いの趣意であるらしかった。子供等も学校へ出掛けた後で、家の内は静かになった。岸本はこれから当分の間毎日|訪《たず》ねて来てくれそうな多くの客を待受けるような心持で、あちこちと家の内を歩いて見た。置捨てて行った自分の本箱の前をも歩いて見た。古い箪笥《たんす》の前にも行って立って見た。園子の時代から残った八角形の柱時計はまだ同じような振子の音をさせて、旅から帰った彼を迎え顔に見えた。変色した唐紙《からかみ》でも、子供等に傷つけられた壁でも、実に一切のものを捨てる思いをした三年前の嵐《あらし》の烈《はげ》しさを語っていないものは無かった。
奥の部屋の隅《すみ》には、旅の鞄もまだそのままにして置いてあった。往《ゆ》きと還《かえ》りの船床の番号だの、貼札《はりふだ》だの、海外の諸国を廻ったそれらの印の附いた鞄の中からは、岸本が巴里《パリ》の下宿の方でさんざん着た和服の類が出て来た。彼は裏の擦切《すりき》れた下着や、裾《すそ》から綿の出た褞袍《どてら》なぞを取出して、それを次の部屋に居る嫂《あによめ》や祖母さんに見せ、還りの航海中に自分で面白い恰好《かっこう》に綻《ほころ》びを縫い着けて来た旅の単衣《ひとえ》なぞをも取出して見せた。
そこへ節子が来た。彼女は祖母さん達の側に坐って、皆の話に耳を傾けていた。何事《なんに》も知らずに郷里の方から出て来たという祖母さん、叔父の旅に出た動機は母親にまでひし隠しに隠してあるという節子――その女ばかりの集りの中で、岸本はいかに自分のことを考えているやも測り難いよ
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