驍ニ、仏蘭西を出る時ほどの物々しい警戒もなかったが、そこの税関でも矢張容易には旅行者の素通りを許さなかった。連の牧野は鉛筆で税関の官吏のスケッチを作って見せて、それで自分を証拠立てたくらいであった。
ともかくも岸本は無事に倫敦へ入ることが出来た。そして他の連に別れて、牧野と二人ぎりの旅となった。そこにある日本郵船会社の支店を訪ねて見た日に、彼は西伯利亜《シベリア》廻りの旅を断念した。牧野と連立って、阿弗利加《アフリカ》を経て帰って行く船の旅の方を択《えら》ぶことにした。
巴里から倫敦へ。まだ岸本は一歩《ひとあし》動いたに過ぎない。しかしその一歩だけでも国の方へ近づいたことを思わせた。倫敦には岸本は九日ばかり船の出るのを待った。その間に巴里からの消息を受取って、モン・モランシイの町の方に住む知人の細君が停車場まで彼の見送りに出向いてくれたことを知った。尤《もっと》も知人の細君が停車場に彼を探した頃は、彼の巴里を発った後であったとか。いろいろと世話になって来たその知人のこと、慶応出の留学生のこと、その他停車場まで見送ってくれた人達のこと、何かにつけて彼は巴里の方のことを思い出した。丁度倫敦でもシェクスピアの三百年祭で、あの名高い英吉利の詩人を記念する年に、偶然にも彼はこの旅に来合せたことを思った。
三年前、半死の岸本の耳に一条《ひとすじ》の活路をささやいてくれた海は、もう一度故国の方へと彼を呼ぶように成った。その声は復《ま》た彼の耳に聞えて来た。彼はこれから長い日数《ひかず》を海上に送らねば成らないことを思い、倫敦を発つ時にはまだ外套《がいとう》を欲しいくらいの五月初旬の陽気でも国に帰り着く頃の旅仕度も考えて行かねば成らないことを思い、そんな心づかいをするだけでも実に国の方の空の遠いことを思った。
十一
郵船会社の船はテエムズの河口にあたるチルビュリイの波止場《はとば》で牧野や岸本の乗組を待っていた。多量な英国出の貨物はあらかた荷積を終ったらしい頃で、岸本等の荷物も先に船の方へ届いていた。船員等は帆柱の下あたりに集って、本船の横手に着いた小蒸汽から順に一人ずつ甲板《かんぱん》へ渡って行く男女の客を見ていた。寒い細《こまか》い雨が時折やって来るような日であった。牧野も、岸本も、雨や汐風《しおかぜ》のために湿った旅の外套に身を包みながら大きな汽船
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