スでは御座いませんから」
 と附けたした。
 岸本の方でも礼を言って、二度と来て見る機会のありそうもないこの下宿の主婦にも別れを告げた。

        九

 巴里出発の日には、岸本は朝早く旅館を出て、行きつけの珈琲店《コーヒーてん》で最終の小さな朝飯をやった。麺麭《パン》と、珈琲とで。
 まだ出発|間際《まぎわ》までにはいくらかの時間があった。かねて岸本はこの都を去る前に、一番|終《しま》いにもう一度見て行きたいと思うほど好きな薔薇園《ばらえん》があった。その薔薇園がルュキサンブウルの公園内の美術館の裏手にあった。待ちに待った日がやって来て見ると、彼の足はその薔薇園の方へ向かないで、矢張長く住慣れた下宿のある町の方角へ向いた。彼はなだらかな岡の地勢を成したソルボンヌ界隈《かいわい》の町をパンテオンへと取り、あの古い建築物《たてもの》の側にあるルウソオの銅像の周囲《まわり》を歩いて、それからサン・ジャックの町の狭く長い石造の歩道を進んで行って見た。ヴァアル・ド・グラアスの陸軍病院の前から、ごちゃごちゃと雑貨の店の並んだ細い横町を通り抜けると、その町の角が以前の下宿のある建築物だ。主婦《かみさん》はもう世帯を畳んで他へ移って終《しま》ったから、高い窓々は皆閉きってあったが、三年の間机を置いて獄中で勉強した人のように新しい言葉を学んだその自分の部屋の窓がもう一度彼の眼にあった。まだ朝のうちのことで、日頃顔を見知った朝通いらしい人達、牛乳の罎《びん》を提げた娘、新聞を買いに出る町の下女なぞが高いプラタアヌの並木の間を往《い》ったり来たりしていた。岸本は天文台前の広場について、例のシモンヌの家へも一寸《ちょっと》別離《わかれ》の言葉を掛けに寄った。捕虜にでも成ったらしいという娘の父親は行方《ゆくえ》不明のままであった。二度とこんな旅に来ようとは思わない。それが岸本の腹の中にあっても、さすがにこの大きな都会ももう見られないかと思うと深い愛惜の心が湧《わ》いた。彼はサン・ミッシェルの並木街を旅館まで歩いた。
 岸本が一緒に巴里を引揚げようと約束したのは牧野ばかりでなく、他に二人の同胞の連《つれ》もあった。その人達はいずれも岸本と同じ旅館に泊っていた。やがて出発の時が来た。岸本は連と一緒に旅の荷物を辻待《つじまち》の自動車に載せ、サン・ラザアルの停車場を指《さ》して急いだ。町
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