sわき》をある並木街へと取り、オステルリッツの橋の畔《たもと》まで歩いて行った。すこし曇った日で、四月らしい明るい日あたりを見ることは出来なかったけれども、それがセエヌ河に近く行って見る最終の時であろうと思われた。岸本が初めて巴里に入ったのは足掛四年前の四月であったから、丁度巴里を発《た》つ前になってその時の若葉の記憶が復た彼の心に帰って来た。彼は今、石橋の下の方を渦巻き流れて行く清いセエヌの水を見る眼で、遅くも二月《ふたつき》か二月半ばかりの後にはあの旧《ふる》い馴染《なじみ》の隅田川《すみだがわ》を見ることが出来るかと考えた時は、まるで嘘《うそ》のような気がした。
七
セエヌの河岸《かし》の中でも、オステルリッツの橋の畔《たもと》から古いノオトル・ダムの寺院の見える中の島あたりへかけては岸本の好きな場所で、過ぐる三年の月日の間、彼はよくその河岸へ旅の憂《う》さを忘れに来た。故郷《ふるさと》なしには生きられないほど国の方にある一切のものの恋しかった時。一日二日の絶食を思うほど旅費も乏しく心もうら悲しかった時。行けるだけの旅を行き尽して一番最後に呼んで見たいものは、子供の時分に死別れた父の名でもなく、十二年も連添った亡き妻の名でもなく、何と言っても濁り気のなく感じ易《やす》い青年時代に知った最初の情人の名であったほど、それほど旅の心の閉じ塞《ふさ》がってしまった時。そういう時に彼が見に来たのはこの水だ。相変らずセエヌは高い石垣の下の方を冷く音も無く流れていた。彼はそれを右手に見ながら、新緑の並木の続いた河岸の歩道に添うて、旅館のある町の方角へと歩いた。
仏蘭西の旅に来てから以来《このかた》のことが何となく岸本の胸に纏《まと》まって来た。彼はこの旅のはじめに国から持って来て仏蘭西人の間に分けた植物の種子《たね》のことを思出した。あの中には中野の友人から贈られた茶の実ばかりでなく、築地《つきじ》の方に住む知人が集めてくれた銀杏《いちょう》、椿《つばき》、沈丁花《じんちょうげ》、その他都合七|種《いろ》ばかりの東洋植物の種子があったことを思い出した。あの土産は殊《こと》の外仏蘭西人にめずらしがられて、ブロッスの老教授の手から彼方《あっち》へ三粒、是方《こっち》へ四粒と分けられたが、ある日本美術|蒐集家《しゅうしゅうか》の庭には銀杏が生《は》えたとい
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